前回のつづきです。
● 5月25日:4日目前半(出雲〜松江)
朝起きて天気予報を見てみると、午前中は"雨時々曇り"だけど午後から雨は上がり、天気は徐々に良くなっていくようです。
ホテルを出るとそれほど酷い雨ではなかったので、当初の予定通り稲佐の浜に行って砂をいただき、それから出雲大社に向かうことにしたのですが...。
【稲佐の浜】
国譲り、国引きの神話で知られる浜です。
ホテルを出る時はそれほどでもなかった雨が稲佐の浜に近づくにつれてどんどん酷くなっていき、稲佐の浜の駐車場にスイスポを停めた時には台風時のような強い風と雨でした... ( ; ; )
・稲佐の浜

・弁天島の沖御前(おきのごぜん)神社

折角来たので、雨に濡れながら砂をいただきました。この砂は出雲大社の北側にある素鵞社で交換します。
- 稲佐の浜の波打ち際の砂を波が打ち寄せている時にすくい、その砂を素鵞社にある木箱に納めてから元からある砂(お清めの砂)をいただきます。
お清めの砂には邪気を祓うご利益があり、自宅の敷地に撒くと良いらしいのですが、我が家の場合は庭以外には土の部分がないので、ガラス瓶に入れて玄関に置くことにしました。
稲佐の浜でいただいた砂を携えて出雲大社に向かったのですが、雨がますます酷くなってきたので参拝するのはもう少し後の方が良いと判断し、奥出雲にある須佐神社に行くことにしました。
【須佐神社】
ここは須佐能袁命〈須佐之男命〉 (すさのをのみこと)を主祭神とする古社で、今年は約30年に一度行っている遷宮(拝殿や本殿の傷んだ箇所を修繕・修復する)の年でした。
そのため御神体と拝殿は須佐神社の向かいにある天照社に移されており、参拝は天照社で行いました。
天照社で参拝した後、Yahoo天気アプリの雨雲レーダーで出雲大社付近を見てみると、午前中は雨が降り続くようです。
そこで出雲大社は午後からとし、先に松江の熊野大社と八重垣神社に参拝することにしました。
※松江に行ってから再度出雲に戻ることになりますが、少しでも天気が良い状態で参拝したかったので...。
【出雲國一宮 熊野大社】
主祭神は神祖熊野大神櫛御気野命(かぶろぎくまののおおかみくしみけぬのみこと)で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の別名とされています。
出雲大社(杵築大社)と熊野大社との関係ですが、熊野大社に対して出雲大社(杵築大社)が(上下関係ではない)何らかの理由で気を遣っているように(私には)思えます。
- 出雲大社(杵築大社)ができる以前、熊野大社は出雲国造(現在の出雲大社宮司一族)の本拠地だった。
- 出雲大社(杵築大社)の宮司が新しく就任する際に、熊野大社で火継式(霊継式)を行い、熊野大社から火をいただく。
- 出雲大社(杵築大社)の重要な祭りである古伝新嘗祭では、熊野大社から火をおこすための燧臼(ヒキリウス)と燧杵(ヒキリキネ)を受け取る儀式が行われ、これを亀太夫神事と言う。
(注)出雲大社と称されるようになったのは明治4年であり、それまでは杵築大社と呼ばれていました。江戸時代までは"出雲の神"と言えば京都亀岡の出雲大神宮(今回の旅行の最後に参拝)を指していたそうです。
ちなみに出雲大社の主祭神である大国主命は、古事記では熊野大社主祭神 素戔嗚尊の6世孫、日本書紀では息子となっているので、それも出雲大社が熊野大社に気を遣っている一因かもしれません。
※現在、出雲大社(杵築大社)の主祭神は大国主命となっていますが、実は中世のある時期から17世紀までは素戔嗚尊が祀られて(合祀されて?)いた事実があるそうです。
今回の旅行では8つの神社に参拝しましたが、振り返ってみるとこの熊野大社が(私にとって)一番しっくりくる感じがしました。
【八重垣神社】
熊野大社に参拝した後、八重垣神社を訪れました。
八重垣神社は素盞嗚尊と稲田姫命(いなだひめのみこと)を主祭神とし、八岐大蛇の伝説や日本最古の和歌と言われる「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」で有名な神社です。
高天原から出雲の斐の川上に降り立った素盞嗚尊は、老夫婦(脚摩乳、手摩乳)と稲田姫が泣いている様を御覧になられ、八岐大蛇を退治し、稲田姫の命を御救いになったのです。
この時、素盞嗚尊は、斐の川上から七里離れた佐草の郷"佐久佐女の森(奥の院)"に、大杉を中心に『八重垣』を造り、稲田姫を御隠しになりました。八岐大蛇を御退治になった素盞嗚尊は、ご両親の脚摩乳、手摩乳の御許しを得て夫婦となり、この佐草の地に宮造りされ、御夫婦の宮居とし縁結びの道をおひらきになられたのです。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」
という妻をめとった喜びの御歌から、『八重垣の宮』となりました。
〜八重垣神社公式サイトより引用
私は、稲田姫命(櫛稲田姫/奇稲田姫)を八重垣の中に隠すのではなく、櫛に変えて素戔嗚尊が自分の髪に挿して安全を守ったと記憶していたのですが、どうなんでしょうね?
※八重垣の歌についても、私にはこれが喜びの歌だとは思えないのですが...。
また八重垣神社は"板絵著色神像(本殿板壁画)3面"、鏡の池の良縁占い(銭占い)でも有名です。
現在、板壁画は宝物収蔵庫に納められていたので見学してきましたが、撮影不可だったのでこちらをご覧ください。
折角なので、奥の院 佐久佐女の森にある鏡の池の占いもしてきました。
・占いの結果

※「努力せよ 神の導きあり 北と東 吉」と読めます。富山からみると出雲は西・南だから正反対ですね... (^^;;
※時間がなかったので紙が沈むまでの時間(早く沈むと縁が早い)は確認しませんでした。果たしてどういう結果だったのかは神のみぞ知るです。
この後、いよいよ出雲大社に向かうのですが、長くなったので4日目後半は次回に。












